Hatibei's music blog

以前は写真ブログでしたが、最近はもっぱら音楽の話題です。

灰色の服を着た少年

1.灰色の服を着た少年


野暮用を済ませた後、ぶらぶらと夜の町を歩いていた。

やや風の強い寒い夜、町の灯りもどこか冷たい色をしているように思える。

「酒」と書かれた赤提灯を見かけた時、ちょっと立ち寄って暖まろうかと思った。

店内には数人客がいたが、カウンター席があいていたのでそこに腰掛けた。

「いらっしゃい」

「寒いからとりあえず熱燗をもらおうかな」

「かしこまりました」

店の中年女が微笑んだ。

カウンター席から背後の壁にはられたメニューをみようと後ろ振り返った時、

店内の一番隅のテーブルに灰色の服を着た小学生の低学年ぐらいの子供が

ひとりですわっているのが見えた。

居酒屋に子供がたったひとりでいるというのは変ではないか、

違和感をおぼえたので、店の女が熱燗の徳利と猪口を差し出した時に、

「あの子供は?」

と訊ねた。

「子供?」

「ほら、あの隅の席の・・・」

と振り返ると、先程まで灰色の服を着た子供がいた所には誰もいなかった。

「さっき、あの席に子供がすわっていた、小学校の低学年ぐらいの、灰色の服を着た・・・」

「いやだ、お客さん、何をおっしゃっているんだか、子供などいませんよ」

店の女は笑った。

「そう・・・」

と私は応えたものの、何か腑に落ちないものが残った。

子供が着ていた灰色の服に見覚えがあるような気がした。

私が小学生の低学年だった頃着ていた服に似ている。

小学生の低学年だった頃の記憶などほとんどないのだが、

何故かその時、私は子供の頃に着たその服のことをはっきり思い出した。

何かよくない事がおきた時、母親は必ずその服を私に着せていた。

あの頃一番仲良くしていた同級生のK君が交通事故で亡くなった日も

私はその灰色の服を着ていたはずだ。

自転車で転んで骨折をした時も、原因不明の高熱に数日間うなされた前日にも

確かに私はその灰色の服を着せられていた。

隅のテーブルの前にすわっていた子供の顔を思い浮かべてみると、

父が撮った幼い頃の私の写真に顔が似ている気がする。

先程、店の隅にいた少年は幼い頃の私だったのではないのか? 

とすると、あれはドッペルゲンガーの一種だったのかもしれない。

ドッペルガンガーを見るのは、その者に死期が近づいているから・・・。

案外そうなのかもしれない、私は熱燗の酒を呑みながら何気なくそう思った。


あの夜からだ、私の前に灰色の服を着た子供の幻影が時々姿を現すようになったのは。

今朝も洗顔中に鏡をみると、私の背後にその灰色の服を着た子供が映っていた。

しかもその少年は冷笑していたのだ、つまらぬ幻影など見ている私を。

(つづく)