Hatibei's music blog

以前は写真ブログでしたが、最近はもっぱら音楽の話題です。

思い出あれこれ 1

思い出あれこれ 1

高校生になって間もない頃だったと思うけれど、同じクラスの女の子に、確か放課後だったかな、
「あなた、いつも私のこと見てるでしょ?」
といわれたことがあった。僕にはその女の子をよく見ているなんて覚えが全くなかったので、多少面食らって、ちょっと間をおいてから
「そんなことないと思うけど・・・」
と、ぼそりと応えたものだった。その女の子(吉田さんといったな、確か)にすかさず
「隠さなくてもいいわよ、私、知っているんだから」
と、自信たっぷりの表情で言い返されて、僕としては訳がわからず、相手の顔をただじっと見るしかなかった。
彼女はニヤリと笑って、
「私のこと好きなら好きだとはっきりいえばいいじゃない」
ときたもんだ。まいったね、これには。いくら僕が高1のサエない男の子だったからといって選ぶ権利ぐらいある訳で、事実、その吉田さんという女の子は全く僕の好きなタイプではなかったんだ。髪の毛を長く伸ばした、ま、2で割れば可愛い女の子の部類に入っていたかもしれないけれど。
「君、何か勘違いしているんだよ」
と、僕はゆっくりとひとことひとことかみしめるように応えた。
「まあ、いいや。私も西田君(僕のことだ)のこと全然好きじゃないし、他にちゃんと好きな人がいるんだから」
「ふーん、別にどうでもいいけど・・・」
「あのね、思っていることはね、きちんと相手にいわないと伝わらないものなのよ」
といって吉田さんはすたすたと去っていったものだった。全く女というのは自意識過剰な生き物だなぁと思った最初がこの時だった。

それから数日後のやはり放課後だったと思うけど、教室で僕がニヤニヤ(していたのだろうと思う)しながら『天才バカボン』を読んでいると、吉田さんが近づいてきて、
「何を読んでいるの?」
と訊いてきたので、天才バカボンの本を見せると、彼女は何だくだらないという顔をして、
「あなた、そんな本、面白いの?」
なーんてクソ真面目な感じでいったものだ。このての女の子には天才バカボンの面白さを説明しても無駄なのは分かっていたけれど、
「ああ、笑っちゃうぜ、これ。赤塚不二夫は最高だ! 」
というと、
「西田君はドリアングレイの肖像って本、知ってる?」
と、天才バカボンは完全に無視され、彼女は唐突に何やら食べ物の名前みたいな作品の話題を出したのだった。
「ドリアンってあの食い物のか?」
と、からかい半分でいうと、
「何バカなこといってるのよ。オスカーワイルドの『ドリアングレイの肖像』よ」
「ふーん、そんな本があるのか、よく知らないよ、オスカーワイルドなんて。作者の名前みたいにワイルドな話なの?」
「何、言ってるんだか・・・。とにかく、今度、読んでみなさいよ。主人公のドリアングレイって素敵なんだから」
「面倒臭そうな本だな、ま、気が向いたらね・・・」
「本を読んで西田君も少しは見習うといいのよ、ドリアングレイを。ま、姿形はともかく、少しはあなたもカッコつくかもしれないから」
姿形はともかくということは、そのドリアングレイというのはきっと姿かたちもよいのだろう、僕とは違って。
「私、日本語訳で読んで気に入ったから原書も持っているぐらいよ」
「原書って英語か?」
「バカね、決まってるじゃない、そんなこと」
日本語の本だって読むのが面倒なのに英語の本を読むなんて気がしれないと思ったものだけれど(だいたい英語なんぞはロクに読めなかったのだけれど)
「へええ、すごいんだね」
と、僕は感心したように応えたものだった。すると、彼女は間を置かずに
「前に私には好きな人がいるっていったでしょう、その人ってドリアングレイなの」
「ん?」
僕には彼女が何をいわんとしているかが一瞬分からなかったけれど、要するに彼女は本に出てくる主人公に恋をしたということらしい。いよいよ変な女だ、こいつ。
それでも僕は本屋へ行って何でこんな本を買わなくちゃいけないんだ?と思いながら、吉田さんおススメの『ドリアングレイの肖像』を買ってきて、1週間ぐらいかけてその本を読んだのだった。
今となってはその『ドリアングレイの肖像』がどんな内容の本だったかほとんど忘れてしまったけれど、あの時の読後の感想はドリアングレイという男はなんてイヤな奴なんだというものだったし、吉田さんは本当にこの本の内容が解っているのだろうかと疑問にも思ったものだけど、そういった感想は吉田さんにはいわないでおくことにした。僕が『ドリアングレイの肖像』を読んだということも吉田さんには知らせずにおくことに・・・。
ま、僕には『ドリアングレイの肖像』よりも天才バカボンの方がはるかに面白かったことだけは確かだった。

今頃、吉田さんはどうしているのだろう? 何十年もたった今も変わらずに彼女は『ドリアングレイの肖像』が好きなのだろうか?

(つづく)