Hatibei's music blog

以前は写真ブログでしたが、最近はもっぱら音楽の話題です。

赤い傘の女

前にアップしたことのある怪談です。夏が終わったばかりなのに怪談は時期はずれもはなはだしいですが・・・。
写真を撮ることにマンネリ化を感じているので、たまにはショートショートでも載せようかと思いまして、新しいカテゴリを作ってみました。

 赤い傘の女

 汗が乾かない。嫌な天気だ。ことに込み合った電車の中はつらい。
車内にエアコンは入っているものの、それでも湿気が身体にまとわりついてくる。
私の隣りに立っている男の整髪料のニオイが鼻についてやりきれない。
髪に油をつけ、毛髪をテカテカ光らせている男の心境はどうにも理解できない。
 電車がT駅に着くと雨が本格的に降り出していた。傘を持っていなかった。
さてどうしたものだろうと、私は改札口で厚くたれこめた雨雲を見つめた。
 と、その時、
「よかったら傘に入ってゆきませんか」
 女に声をかけられた。
 見覚えのない女だ。二〇代の若い女に見えるが、よく見ると三〇才を過ぎて
いるようにも見える。
「それは助かりますけど・・・」
「さあ、行きましょうか」
 と、女は赤い傘を私にさしかけ、歩きはじめた。
「僕は○×町へ行くんですが・・・・」
 女はまるで私の行き先を知っているかのように、○×町の方向へと歩き出し、
「私も○×町の方なんですよ」
 といった。
 私と女は無言のまましばらく歩いた。女の身体から京都などで売られている
匂い袋のような香りがした。古風な香りだ。どこか線香の香りにも似ている。
女の赤い傘に入りながら、駅前の道を歩き出したのだが、
普段と比べると何故か極端に人通りが少ない。
いつも若者のたむろしているゲームセンターの前には誰もいないし、
飲み屋の集まる附近もまるで火が消えたように閑かだ。
深夜まで開いているはずのコンビニまでが灯りをおとしている。
道路をはしるクルマも何故か今夜は一台も見あたらない。
街を照らす街灯が意味ありげに点滅している。
あたりは静まりかえり、頭上の傘を叩く雨音だけが耳にはいってくる。
「今夜はやけに人通りが少ないですね」
 私は女に声を掛けてみた。
「そうですね」
 と、女はそれだけいい、そしてまた沈黙が続いた。陰気な雨が降り続く中、
私は女の赤い傘にはいりながら歩き続けた。
しばらく無言のまま、女と共に歩き、古い寺の門前へさしかかった時、
女は寺の敷地内へ入ろうとした。
「どこへ行くんですか?」
 私がそう質問しても女はそれに応えず、寺の方へ歩いて行く。
「僕はここで失礼しますよ。おかげで濡れずにすみました。ありがとう」
 私は礼をいって、女の赤い傘から出ようとした時、
「丁度このあたりでしたわ」
 と、女は私を引き留めるようにいった。私は無言のまま、女を見た。
「私が殺されたのは、丁度このあたりだったのよ」
 赤い傘の下、女の顔が妙に青白い。
「えっ?」
「おまえの五代前の先祖の男に私はこのあたりで殺されたのよ。
ちょうど、今夜のような雨の夜」
 女が大声でそう言った時、遠くで雷鳴が鳴った。
「五代前の先祖?」
「そうよ、本当にひどい男・・・、あんたみたいにねぇ」
 女はそういったかと思うと、赤い傘を振り上げた。
振り上げた傘が日本刀になっている。
「こうやって、そいつは私を殺したのよ」
 女はそういったかと思うと、振り上げた刀を私の頭上に振り下ろした。

 しばらく気を失っていたのだろうか、気がつくと、私はT駅の前で
うずくまっていた。雨が降り続いている。
近づいてくる足音が聞こえた。その足音の方に視線をやると
先程の赤い傘を持った女が微笑んで立っている。
「よかったら入ってゆきませんか」
 そういって女は私に赤い傘をさしかけた。